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下野國 鷲城 (栃木県小山市)

(読み):わしじょう

鷲神社の鷲城跡碑

鷲城の築城された年代は、はっきりと分っていませんが、小山城ともども、小山氏の本拠地として機能していました。
康暦2年(北朝)、天授6年(南朝)(1380)からの「小山義政の乱」では、小山義政は、この鷲城に立て籠もり、鎌倉公方の足利氏満軍と交戦しますが降伏します。しかし義政は以後、2度の蜂起を繰り返しますが、結局、小山義政は追討され小山氏嫡流は滅亡。
のち、足利氏満のはからいで、同族の結城氏から養子を迎えて小山氏は再興しますが、本城は小山城へと移り、その後、鷲城は廃城になったようです。

お城への行きかた

JR東日本旅客鉄道 東北本線、東北新幹線 小山駅下車。徒歩約35分。


お城の状況、感想など

鷲城虎口

JR小山駅より西へ5分ほど歩くと国道4号線と交差しますので左折して小山市役所を過ぎます。1.5kmほどで国道50号線との交差点を右折。小山大橋手前で左折すると、鷲神社の参道があります。ここから鷲神社にかけてが鷲城跡になります。
鷲神社参道の鳥居前に「鷲城跡」の石碑があり、説明板が設置されています。鳥居横には「虎口」と書かれた板があり、参道が登城道となっているようです。

鷲城中城土塁

神社参道を本殿に向かって歩いて行くと右に「土塁」と「堀切」の案内板があります。土塁は長い年月のためか低くなっており、堀切もほとんど埋まってしまっています。この先に鷲神社本殿があります。参道左手には畑地が広がっていますが、この畑地が“中城”の主郭のようです。
鷲神社本殿から、小山総合公園方面に向かうと、中城と外城を分ける土塁があります。この土塁は高く、南の堀底を歩くことができます。

鷲城櫓台

外城は現在、住宅地になっており遺構はありません。本殿まで戻ってきて、小山大橋手前の国道沿いに「櫓台」があるとのことなので行ってみます。
この櫓台は国道沿いにあるものの、柵があるため国道からは入れません。神社参道の土塁近くから、草藪を掻き分けて行きました。櫓台跡は、ここだけが木が茂っており直ぐにそれと分かり、頂上部には小さな祠があります。
鷲城は、小山城ともども国の史跡になっているだけあって、予想以上に遺構があり、楽しめるお城でした。


鷲城縄張図

登城日:2009.03.04(水)

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