韮山代官所は、江戸時代東国の幕府直轄領を支配するために設置された役所で、代官は地元の名士である江川氏が代々世襲しました。
江川氏は、清和源氏の流れをくみ、初め宇野氏を名乗ります。宇野治長が源頼朝の挙兵を助けた功で江川荘を安堵されたことにより、領域支配が確定し、鎌倉幕府、後北条氏など、その時代の支配者に仕え、名も地元の郷から江川氏と改めました。
また、当主は代々江川太郎左衛門を名乗り、中でも36代当主の江川英龍は、洋学を導入し、海防の整備に実績を挙げました。子の37代当主の江川英敏と2代にわたって韮山反射炉を完成させ、大砲の鋳造技術を躍進させて江戸湾の海防整備に貢献しました。
伊豆箱根鉄道 駿豆線 韮山駅下車。徒歩約30分。
伊豆箱根鉄道の韮山城で下車。韮山代官所 [江川邸]へは、韮山城から城池を挟んで対岸の東側になります。韮山駅より伊豆箱根バスの江川邸ゆきもありますが、朝8時代2本。夕17時代に1本の計3便しかありませんので、ご利用の際は注意が必要です。
まず受付にて入場料300円を払いさっそく見学しますと薬医門前の広場が枡形となっています。有事の際の敵からの防御と、出撃に際してはここに人数を集めて備えた場所です。

薬医門をくぐり順路にそって行きますと、代官所の事務を司っていた役所跡を通り、主屋に入ります。
主屋に入りますと土間になっており、かまどなどの台所と、大砲が展示されています。また江川英龍は日本で最初にパンを焼いた人物として知られています。この土間にもパンを焼く窯があり、英龍はパンを兵の携行食として利用したそうです。
靴を脱いで主屋内部に入りますと、式台、控えの間、使者の間などが続き、江川家に関する資料が展示されています。一番奥が塾の間で、ここでは塾生に対して砲術の講義が行われていました。

主屋を裏口から出ると蔵が3棟立っており、西蔵は正面から見ると将棋の駒の形に見えるため別名「駒蔵」とも呼ばれています。南米蔵と北米蔵にも大筒や反射炉、民具などの展示があります。
この江川邸の裏山が、江川砦と言う山城になっており、有事の際の詰めの城だったようです。蔵の後ろに竹の柵があり1ヶ所扉がついています。ここから江川砦に登れそうですが、砦は江川邸の管理地で無断侵入はできないため、行ってみたいのはやまやまながら諦め、裏門から出ました。

また江川邸から南東に位置する本立寺は、約500年前に江川氏が菩提寺として建立した寺院です。山の斜面にあり、けっこう石段を登らなければなりませんが、本堂への途中には、江川英龍坦庵の石像が建てられており、本堂裏の墓所には、英龍坦庵を初め、江川家の墓所があります。

登城日:2012.02.23(木)